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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3442号 判決

甲事件原告

株式会社竹島商事

右代表者代表取締役

竹島京子

乙事件原告

竹島京子

乙事件原告

竹島幸之輔

右法定代理人親権者母

竹島京子

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

木村靖

丙事件原告

株式会社滋賀ファイナンス

右代表者代表取締役

田中勝太郎

右訴訟代理人弁護士

松村信夫

甲事件被告

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

上山保彦

乙事件被告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

行徳克己

乙事件被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

河野俊二

丙事件被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

西尾信一

右被告ら四名訴訟代理人弁護士

梅谷亨

正木きよみ

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用はいずれも原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  (甲事件)

1  被告住友生命保険相互会社(以下「被告住友生命」という)は、原告株式会社竹島商事(以下「原告会社」という)に対し、金八八〇〇万円及びこれに対する平成四年五月九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告住友生命は、原告会社に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  (乙事件)

1  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という)は、原告竹島京子(以下「原告京子」という)に対し金一七〇四万円及びこれに対する平成四年七月一八日から、原告竹島幸之輔(以下「原告幸之輔」という)に対し金七五九万円及びこれに対する平成四年一〇月一六日から、各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告共栄火災海上保険相互会社(以下「被告共栄火災」という)は、原告京子に対し、金四九四万円及びこれに対する平成四年七月一八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  (丙事件)

被告第一生命保険相互会社(以下「被告第一生命」という)は、原告株式会社滋賀ファイナンス(以下「原告滋賀ファイナンス」という)に対し、金四〇四一万七三三六円及びこれに対する平成四年八月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告らに対し、後記各保険契約に基づき、死亡保険金を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  保険契約の締結

(一) 原告会社は、平成二年一〇月一日、被告住友生命との間で、別紙保険目録一記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、普通保険約款第七条1項において、被保険者が責任開始の日から起算して一年以内に自殺により死亡したときは、死亡保険金を支払わない旨定められている。

(二) 原告会社は、平成三年三月二二日、被告住友生命との間で、別紙保険目録二記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、団体定期保険普通保険約款第二三条1項において、被保険者がその加入日から起算して一年以内に自殺により死亡した場合には、死亡保険金は支払わない旨定められている。

(三) 訴外亡竹島傳之助(以下「竹島」という)は、平成二年一〇月四日、被告東京海上との間で、同目録三記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、家族傷害保険普通保険約款第六条①項(3)において、被保険者の自殺行為については保険金を支払わない旨定められている。

(四) 竹島は、平成三年八月三〇日、被告東京海上との間で、同目録四記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、こども総合保険普通保険約款第二章第三条①項及び、同第一章第二条①項(3)において、扶養者の自殺行為による死亡の場合には死亡保険金を支払わない旨定められている。

(五) 竹島は、昭和六二年一〇月一二日、被告共栄火災との間で、同目録五記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、家族傷害保険普通保険約款第六条①項(3)において、被保険者の自殺行為による死亡の場合には死亡保険金を支払わない旨定められている。

(六) 原告滋賀ファイナンスは、平成三年七月一〇日、被告第一生命との間で同目録六記載の保険契約を締結した。

右契約には、保険者は、団体信用生命保険約款第二〇条1項において、被保険者がその加入の日から起算して一年以内に自殺により死亡した場合には、死亡保険金を支払わない旨定められている。

2  竹島は、平成三年九月八日、死亡した。

3  被告らは、原告らに対し、被保険者もしくは扶養者である竹島の死亡が自殺によるものであるから、1項記載の各免責約款の条項に該当するものとして、死亡保険金の支払を拒絶している。

二  争点

竹島の死亡は、自殺によるものか。

第三  争点に対する判断

一  竹島の死亡状況

1  交通事故(以下「本件交通事故」という)の状況

証拠(乙一八、二〇、二一、検乙一ないし九、証人原勇人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成三年九月八日午後一一時三五分頃、京都府宇治市二尾蛸ケ谷京滋バイパス上り線488.3キロポスト先付近路上において、竹島が使用していた普通自動車(車両番号・滋賀三三せ八五八九)が、大津方面向きに、走行車線の側壁に、車両左前部を接着させ、右後部を一部走行車線にはみ出した状態で停止しているのが発見された。

(二) 同車は、エンジンが作動したままの状態で、窓やドアー等はすべて閉められており、人体が車外に放出されたとは認められず、また、車内には血痕及び体を打ちつけた痕跡も認められなかった。車内の内装品の損傷もなかった。

(三) 同車の損傷は、右前部破損、右前輪曲損、右後輪ショルダー擦過、左側面ボディー擦過、左後輪ショルダー擦過等で、これらの痕跡は側壁に衝突した際に生じたと認められるもののみで、他の車両との接触痕等は一切認められなかった。

(四) 現場道路の追越車線及び走行車線の側壁には、それぞれ衝突時に生じたと認められる擦過痕が認められ、路面には右車両のタイヤ痕が印象されていた。

2  竹島が発見された現場付近の状況

証拠(乙一八、一九、二五の二、二七、三三、検乙一〇ないし八四、証人原勇人の証言)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 竹島が発見されたときの現場付近の状況は、概略、別紙図面(1)ないし(4)記載のとおりである。

(二) 図面(1)は、京滋バイパスから発見地点までの横断図面であり、右図面の「献花」と記載ある地点が竹島の発見地点である。

京滋バイパスから発見地点付近までは傾斜面(途中二か所と底辺部に開溝部がある。)になっているが、垂直距離にすると約二〇メートルである。右傾斜面の底辺部から約1.44メートル平地が続き、さらにもう一段(約0.3メートル)下がった最低地が発見場所であった。

この付近は、採石場である。

(三) 竹島は、同年九月九日午後四時三〇分頃、本件交通事故現場である京滋バイパス488.3キロポストの表示板より約四メートル北方の地点から、垂直距離で約二〇メートル下方の、高速上の張り出し部分から水平距離で約4.1メートルとびだした地点の、金網フェンスの直近において、横臥、死亡しているのを発見された(図面(2)、同(3))。

(四) 竹島が倒れていた地点の横に、一部土砂が崩れている部分が認められたが、土砂の崩れは人が歩いた程度では崩れる状態ではなく、上部から強い衝撃が加わったことによって崩れたものと認められた。

そして、竹島が倒れていた場所は、土砂が崩れている部分より一段低地にあり、土砂が崩れている方向及び周囲に繁っていた雑草が倒れていた方向はともに金網フェンスの方向に向かっていたから、竹島が土砂が崩れている部分に上部から落ちてきて、バウンドして発見地点に倒れたと考えて矛盾しない状況が認められた(図面(4))。

(五) 周辺の草地、溝等には血痕は付着していなかった。

発見当時の九月上旬において、傾斜面にはまだ草が青々と繁っている状態であり、草はしゃきっと立って、倒れてはおらず、獣道のように草が倒されている状況も認められず、その他、人が傾斜面を歩いたり、ころがり落ちてきた形跡は認められなかった。

(六) 高速道路の側壁の下端からフェンスの先端までは、約二メートルあるから(乙一八中、側壁断面図)、人が側壁を乗り越えなければ、人体が交通事故その他のはずみで高速道路から飛び出して下方へ落下する状況は認められなかった。

3  竹島の受傷状況及び死亡原因

証拠(甲一、検乙一八ないし五八、証人福井有公の証言)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 竹島の直接の死因は、頭部打撲による外傷性脳クモ膜下出血であり、頭部に内因性の病的変化はなかった。

主要所見としては、右以外に、肋骨が左右あわせて六、七本多発骨折していた。第四胸椎から第四腰椎にかけて連続的に棘突起が骨折しており、背部から腰部にかけて広範囲な筋肉内出血が認められた。

その他、骨盤(左側の恥骨)が骨折しており、肝臓の破裂が複数あり、両肺からの出血がある等広範囲にわたる多発骨折と出血とが認められた。

(二) これらの損傷は、解剖学的部位に連続性があり、出血の新鮮さをつうじて同時性(一回性)に発生したものと認められる。つまり、背部から腰部にかけてを面体でもって一回強打したものと認められる。

しかも、人体の骨格のうち最も強固に構成されている骨盤に骨折をきたしたことは、相当強力な外力が働いたと考えられる。

約二〇メートルの高所から落下したものと想定した場合でも、本件のように着地面が草地のように軟弱である場合には、右(一)のような剖検所見になっても何ら矛盾をきたさない。

(三) その他、竹島には頭部に二か所の裂傷、及び背中、左顔面、四肢等に限局して表皮剥奪が認められるが、いずれも高所から落下して右各部位を打撲したことによって損傷を受けたと考えて矛盾しない。滑ったことによる損傷の場合は、表皮剥奪ではなく擦過傷になるからである。

(四) 以上により、全身に二〇か所以上の多発骨折があること、その重篤性からみても、単なる滑り、或いはしりもちという程度では説明がつかない。

従って、直接死亡原因も、打撲によるクモ膜下出血と、多発骨折による外傷性ショック死との競合と考えても差し支えない状態であった。

二  竹島及び原告会社の経済状況

1  多額の借入金の存在

証拠(乙三六の三ないし五、原告京子の供述)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告会社は、決算報告書によると、不動産取引が活況を呈していた昭和六一年から同六三年にかけても赤字続きであり、昭和六一年に三五〇六万円余、昭和六二年に四九七五万円余、昭和六三年五六二六万円余の赤字を毎年累積していた。

(二) 竹島が死亡した平成三年九月当時は、既にバブルが崩壊し、不動産取引業界は低迷していた時期であり、原告会社も売れ残り物件を三件抱えて、さらに業績が悪化したことが推認できる。飲食業の方も半年位前に廃業していた。

(三) しかも、原告会社もしくは竹島は、竹島死亡当時、原告滋賀ファイナンスに約一億円、京都信用金庫に三五〇万円、第一勧業銀行に一五〇万円、山本菊高に一〇〇〇万円、滋賀信用組合に三〇〇万円の借入債務があったほか、自宅の住宅ローンの残債が第一勧業銀行に約二五〇〇万円あった等多額の負債を抱えていた。

2  多額の保険契約の締結

しかるに、証拠(乙三五、原告京子の供述)によれば、竹島死亡当時、竹島もしくは原告会社は総額六億一五二九万七八三六円もの保険契約を締結しており、そのうち損害保険四口と生命保険五口の九口、合計四億六三九四万二三三六円の保険契約を死亡一年内に締結していることが認められるのである。本件請求に限っても、六口のうち五口までが死亡一年以内に締結されており、保険料の支払額は一時払を除いても毎月八三万一一六二円にものぼった。

三  竹島の死亡は自殺によるものか。

1  まず、前記本件交通事故において認定したように、車両の内部の状況、車体の損傷状況、事故発生現場の状況、高速道路の側壁やフェンスが乗り越えようとする意思を働かせずに、誤って転落する構造にはなっていないこと等を併せ考えると、竹島が自動車事故をおこしたはずみで身体が車外に放出された形跡は認められなかったし、その他誤って高速道路から落下したものとも認めることはできない。

2  次に、前記認定のとおり、竹島が発見された現場周辺の状況、解剖所見、原告会社及び原告の業績が悪化し、多額の負債やローンを抱えているにもかかわらず、短期間に高額の保険契約を締結し、多額の保険料を支払ってきたことなど保険加入に不自然な点がみられること等を併せ考えれば、竹島は経済的に窮して自殺をはかったものと推認するのが相当である。

即ち、竹島は、高速道路京滋バイパス488.3キロポストから北方約四メートルの地点辺りから、自らの意思で道路側壁とフェンスを乗り越えて下方に飛び下り、図面(4)の「土砂が崩れている部分」の地点に落下し、その際頭部、背部、腰部、四肢等を地面に強打した結果、打撲による外傷性クモ膜下出血及び多発骨折による外傷性ショック死をその原因として、死亡するに至ったものと認めるのが相当である。

3  尚、原告らは、竹島が高速道路から傾斜面の上部に出て、足をすべらすなどの事故によって傾斜面をすべり落ちた旨主張する。しかし、傾斜面は雑草が繁っている相当長い斜面であり、途中三か所ある開溝部に落ちずに最低部まで滑落するものであるか疑問であるうえに、前記認定のとおり、傾斜面には人が滑り落ちた形跡は認められなかったし、解剖所見によっても滑りによる損傷は認められなかった。かえって、現場の状況及び解剖所見ともに高所からの落下に整合しているのである。

4  さらに、原告らは、二〇メートルの高所から落下した場合は、首や頭部の骨を折るなど首や頭部に大きな外傷を負う旨主張するが、着地点が草地という比較的軟弱な場所であったことから骨折こそしなかったものの、頭部にクモ膜下出血という致命的な負傷をしているのであるから、高所からの落下による負傷と考えて何ら矛盾するものではない。

5  よって、被告らの、保険契約の約款に基づく免責の抗弁の主張は理由がある。

第四  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

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